地図から被災地支援を。クライシスマッピングを支える地図技術
写真:氾濫により泥に埋もれた赤谷川流域(2017年7月7日、福岡県朝倉市), copyright 国土地理院, CC BY 4.0
災害は忘れた頃にやってくる。
有名な言葉ですが、それでも毎年、日本や世界のどこかで自然災害が発生し、家を失ったり、大切な人を亡くす悲しい出来事が起きていることも事実です。
しかし、普段の生活をしているとどこか他人事になりがちです。だからといって、積極的に募金活動や現地の災害ボランティアとして活動を行う人も、それほど多くはいないというのが、現実的な今の世の中だと思います。
それでも、自分にできることがあったら、もし、自宅にいながら、少しの空いた時間をつかって被災地支援することができると知ったらどうでしょうか?
クライシスマッピングという、航空写真やSNSなどの情報から災害後の地理情報を地図に反映する支援活動があります。
災害によって変化してしまった地形を地図に反映し、救助活動時などに役立てることができます。これによって地図上で被害の状況がひと目で把握でき、インターネット上で公開され支援に当たる行政や民間団体などが最新の情報を共有できるなど、大きな利点があります。
2017年も7月に九州北部を中心とする豪雨が発生し、洪水や土砂災害が起きました。その状況がメディアで騒がれ始めた、7月5日夜から翌6日朝にかけて、その被害想定エリアを地図上に指定し、その日のうちにクライシスマッピング活動を開始しました。
写真:クライシスマッピングを行うWEBサイト(2017年) http://tasks.hotosm.org/
そして国内外のマッパー仲間達と共に、災害救助法が適用された福岡県朝倉市、東峰村、添田町と大分県日田市、中津市のほぼすべてのエリアの詳細な地図を、青山学院大学の学生達を中心に描きあげていったのです。
写真:クライシスマッピングを行う青山学院大学の学生達
いったい地図を作ることで何が役に立つのか。日本にはすでに十分使える地図があるのに、なぜあえてまたボランティアが地図を描く必要があるのか。Googleマップがあれば十分じゃないか。
そういった疑問の声を投げかけられながらも、我々はただひたむきに地図を描き続けています。うれしいことに、クライシスマッピング活動の参加者は年々、増えてきています。我々が2010年のハイチ地震をきっかけに、世界中の仲間たちと取り組んでいる地図を使った次世代の社会貢献手法「クライシスマッピング」。その新しい手法をご紹介し、募金活動だけではない、新しい形の被災地支援のあり方を提案します。
大好きな映画のワンシーンを想像してみてください。SFでもサスペンスでもアクション映画でも、作戦会議のような場面ではほぼ必ず真ん中に地図があります。大規模災害時も災害対策本部が立ち上がると、まずその中心には地図が大きく貼りだされます。
集団組織として様々な活動の方向性をメンバーと共有する際に、地図というツールは情報を整理し可視化するための重要なツールなのです。しかし、その地図はいつ作られたものでしょうか。その地図は本当に最新の情報でしょうか。
残念なことに、誰もが当たり前に使うその地図は、作られた瞬間に古くなるという宿命を持っています。
ましてや、大きな災害で、建物が全壊してしまったり、道路が通行止めになったり、東日本大震災のように津波で街全体が破壊されてしまうことを、我々は目の当たりにしました。地図に載っていた情報が過去のものになってしまう。
”イマ” という現実を、できるだけ迅速に地図に反映させ、その地図を救援や復旧、復興支援にあたる多くの方々に提供する、それこそがクライシスマッピング活動が目指すゴールです。
とはいえ、”イマ” の状況を地図にリアルタイムに反映させるということは、今まで技術的な課題がありました。何しろ一昔前まで地図といえば紙地図しかありませんでしたので、地図を更新して、地図を印刷して、その地図を受取るというプロセスでリアルタイムな情報共有をすることはほぼ不可能であると言われていました。
それを変えたのがインターネットです。とくに2005年のGoogleマップ登場以降、ウェブブラウザやスマートフォンのアプリを使うことで、誰でも簡単に地図を入手し持ち運ぶことができるようになりました。その情報が差し替われば、インターネット経由で最新の地図が利用できます。
一方で、残念ながらその”最新の地図”という理解は、つい最近まで錯覚でした。
地図はデジタルになってもやはり作られた瞬間に古くなります。ゼンリンが作成した地図を使いやすくウェブで展開した「Googleマップ」も国土地理院が提供する「地理院地図」も、そこに表示される地図は、最近のものでも1年程度、場合によっては数年前の状況が反映された地図がそのまま使われていることが、まだまだ当たり前なのです。
デジタルな地図でも、最新地図を更新し、地図を描画して、その地図を配信するというプロセスはそう簡単には実現ができていない。それでも、なんとかそれを実現できないかと試行錯誤し、最先端の地図技術を模索している業界の苦悩があります。
我々はその解決策として、最終的に人間のチカラを選びました。
一人でできることは限られていますが、みんなで一斉に取り組めば、リアルタイム更新に近いことが実現できるのではないか。
非常に泥臭い手法かもしれませんが、地図を作るという行為は、まだまだコンピュータによる自動判読が苦手とする作業で、高度な判読と分析を経由したうえで、例えば航空写真から道路や建物を読み取り、地図に落としこむ作業が必要です。
その作業を数百人、数千人で一斉に行った時に何が起こるのか。私は偶然にも2010年にそれを体験し、国連や赤十字や多くの現場で活動する組織を支えるその地図のチカラをまざまざと見せつけられ、真剣に日本でのクライシスマッピング活動を開始しました。
下記の写真は、九州北部の豪雨災害で被害の大きかった日田市中津川の上流域です。
写真:オープンストリートマップとGoogleマップの比較(2017年8月時点) http://tools.geofabrik.de/mc/
左側の地図が、地図版ウィキペディアとも称される、誰でも自由に書き込みができるオープンストリートマップの地図。そして右側が多くの人が使っているであろうGoogleマップです。
こうやって見比べてみるとお分りいただけると思いますが、大都市では詳細な地図が出てくるGoogleマップも、中山間地域や離島などまだまだ地図情報(とくに建物の形状)が充実していない場所は沢山あります。
左側のオープンストリートマップには、詳細な建物情報だけでなく、土砂崩壊地の範囲や、洪水流到達範囲、通行できなくなった道路の様子が地図に反映されています。これはオープンストリートマップは、誰でもいつでも自由に編集でき、誰でも自由に利用する事が出来ることによるものです。
さらに前回のブログ記事でご紹介した”地図タイル”技術がオープンストリートマップでも利用されていることによって、仕様が業界標準と同一のため、地理院などの他のマップと重ね合わせることもできるのです。
こういった最新の技術を基盤にして、人間のチカラを最大限に生かすことで、クライシスマッピングを作成することで迅速に被災地のイマを地図に反映し、それを現地で救援・復旧活動を実施している方々にすばやく・わかりやすくその情報を伝えられます。
これこそが、まさに即座に地図が変わる時代においての、新しい被災地支援のあり方だと考えています。